3つの修士論文から:質的研究の楽しさと苦しさ

3月。卒業のシーズンです。今年度は、3名のゼミの院生さんが修士論文を提出されました。お疲れ様でした。いずれも教室での英語授業や学習についての経験を質的に分析した研究で、サポートする私としても学ぶことの多い論文でした。院生さんの研究そのものを、このサイトで取り上げることは、これまであまりしなかったのですが、ご本人たちからも許可を得ましたので、紹介してみます。学生さんがどんな研究をしているか、その一端を覗いていただけると思います。

外国語活動における相互行為能力

小学校の現職教員である入江由美子さんの論文のタイトルは「外国語活動における児童の相互行為能力の発達に関する研究」です。「相互行為能力(interactional competence)」を理論的ベースにし、外国語活動の授業での教師と児童のやりとりを会話分析で分析しました。相互行為能力という見方は、従来のcommunicative competenceのような個人内に閉じた構成概念としての能力観とは異なる見方で、言語使用に参加する人々が社会的関係性の中で、言語・非言語的リソースを活用しながら会話を構成していく様、また、そのようなやりとりや参加における言語発達を明らかにすることを研究のテーマとします。会話分析研究が明らかにしている会話のシークエンスや組織の使用や、その時々の参加者のアイデンティティやポジショニングなどもリソースとなります。

入江さんは、授業実践を観察し、論文の中では、二つの場面を取り上げました。どちらも、グループ活動の形で、児童が英語で教師に質問し、情報を集める「インタビュー活動」中の一場面でした。一つの活動は、校内の何人かの教師の所に行って、「できること、できないこと」をたずねる活動。もう一つは、学校に新しくやってきたALTに、パーソナルな質問をして情報収集し、その先生が気に入ってくれる歓迎会をしようという活動でした。それぞれの活動場面の会話を相互行為能力という観点から分析してみると、児童たちが実に様々なリソースを活用しながらやりとりしていることが分かりました。特に、それぞれの活動の目的の違いから、利用しているリソースが異なること、また、児童同士の協働の仕方も異なるということがわかってきました。この分析を行うために、入江さんは、児童たちが教師とやりとりする様子を、発話だけでなく、撮影したビデオから、視線、身体の位置やジェスチャーなど、マルチモーダルな情報もトランスクリプトに反映させました。また、身体の動きと発話がシンクロする様子も記述し、私の知る限り、これまでの外国語活動の研究ではあまりなかった分析をおこないました。外国語活動では、児童たちが表現の繰り返しに終始していたり、遊びで終わっているということをいう批判がありますが、会話分析を通して、活動をマイクロに見ると、子どもや教師のインタラクションが複雑で、その場や文脈と密接な関係にあることがわかります。論文では、そのようなインタラクションについて教師が理解を深めることは、授業の質を高めるのに有効なのではないかという提案もされました。

ペア活動における主体的学び

次に、上山尚穂子さんの修士論文のタイトルは、Peer Interaction in EFL Writing Tasks: An Analysis of Students’ Engagement with Languageです。上山さんは、高等学校の教員ですが、英語授業でペアワークやグループワークをもっと活用できないか、という思いからこの研究を始めました。もちろん、高校でもペアワークは行われているのですが、今ひとつ、ペアワークの持つ協働性を生かせていないという問題がありました。そこで、授業で扱った教科書教材をベースに、協働的ライティング活動のタスクを与え、生徒たちが、主体的にペアでの活動に取り組む様を分析しました。タイトルにあるEngagementは、Svalbergの提示したengagement with language (EWL)をベースにしています(上山さんは、「主体的学び」と訳しています)。これまでのペア活動での研究では、Language Related Episodes (LREs)という分析単位を使った研究に見られるように、どうしても認知的側面にばかり注意が向けられていましたが、Svalbergは、主体的学びを構成する側面として、認知的側面に加え、社会性の側面、情動の側面を取り入れ、それらがどのように関わりあっているか、どのような時に学習を促進し、あるいは、阻害するのかを理念的に示しました。学習に認知的な側面だけでなく、社会性や情動の側面が関与するというのは、教育実践の現場では、当たり前の見方だと思いますが、実際、これらの3側面を研究として観察していこうとするのは、とてもたいへんです。上山さんは、ペアにライティングタスクを与え、そこでのやりとりの音声記録をとりました。論文では幾つかのペアに絞った上で、そこでの会話を詳細に分析し、認知、社会、情動の三側面が学習を促進する例と、そうでない事例を示しました。特に、やりとりを続けていくうちに、ペアのインタラクションパターンが変わったり、教師による支援の一言が、それぞれの学習者のインタラクションをガラッと変えるケースもありました。また、ペア内の主体的学びが促進されない時には、学習者の情動の部分がネガティブな影響を与えている場合もありました。これも、当たり前のことですが、学習者が自分のパートナーのことをどのように思っているかは、学習への取り組みに大きな影響を与えます。上山さんの研究は、教師が授業中に経験することを、裏付けてくれるような分析結果を示したことになります。

学習者のagencyとは?

最後に、岡久美子さんの研究タイトルは、Exploring Japanese EFL Learners’ Agency in the College Classroomです。岡さんは、昨年8月まで英国に留学しており、帰国後に私のゼミに入ったという経歴の学生さんです。岡さんは、当初、外国語のスピーキングの不安という学習者心理について研究していました。質問紙調査とインタビューを通じて、不安を構成する成分や要因を明らかにしようというものでした。しかし、分析して出てくる結果が、先行研究が示すものをそう変わらず、また、自分自身の学習経験のとらえ方については、個人間でバリエーションがあるにもかかわらず、それを統計的手法で,平均値に置き換えて見ていくやり方が、どうもしっくりこなかったそうです。帰国後、ご自身の留学経験の影響もあり、「不安」という構成概念について議論するよりも、もっと学びの主体として個人を見たい、一人ひとり異なる学びの履歴を大事に考えたいとということで、そこから、がらっとアプローチを変えました。この方向転換は、私と話をする中で起こってしまったのですが、指導する私には、短期間でうまくまとまるだろうかという一抹の不安が正直ありました。しかし、岡さんの持っていたデータは、ある大学の英語授業を3ヶ月間毎週欠かさず参与観察した中から収集されたもので、授業終了後の学生へのインタビューも非常に豊かなデータでしたので、そのデータを新たな観点から読み解きながら、学生たちが、自分たちの学びの履歴をどう見ているか、また、大学で受けている授業が、自分たちの英語学習に対する見方をどう変えたか、そして、一緒に学んでいるクラスメートとの協同がどのように自分の学習に影響しているか、などを分析しました。分析の際にいくつかの論考を下敷きにしましたが、van Lier (2007)のAction Based Approachは非常に重要な論文でした。この論文は難解なのですが、学習者のagencyに注目し、彼らが、自分たちのagencyをどのように発揮しながら学習に取り組んでいるか、また、授業では、環境内における様々なリソースがアフォーダンスになるように配置されているか、そういったことに着目しました。van Lier (2007)のアブストラクトには、以下のように書かれています。

A central aspect of an action-based approach is the centrality of perception, and its intricate connections to action and understanding. Perception is also central in the development of self and identity, in the shaping of the learners’ relationships to their world.

また、この研究ではインタビューをリサーチツールとしてとらえず、社会的に構成される実践としてとらえました。この考えは、Talmy (2010)が示している考えですが、インタビューが、する側とされる側で協働的に構成されとし、その分析も、何(what)が話されたかだけでなく、インタビューの場で意味が交渉の中でいかに(how)生まれてくるかということを明らかにしければならないとしています。研究者も当然ながら、その立ち位置についてクリティカルになる必要が出てきます。

3人の研究を、さらっと紹介しようと思いましたが、ずいぶん長くなってしまいました。ともすると,私たちは、研究の言葉を学ぶと,それを振りかざしてしまい、「上滑り」したり、授業実践そっちのけになってしてしまうことがよくあります。今回、3人の院生さんの研究をサポートする中で感じたのは、研究の言葉によって,実践の中にある複雑な現象や教師や学び手の経験に対して、意味づけがなされ、同時に、実践の側から、研究の言葉の修正を迫る場面もあり、研究と実践を往還する研究になったのではないかと思います。実践や経験の新たな意味を発見するという楽しさが可能だったのも、時間と労力がかかる苦しい質的データ分析をコツコツと行ったからだと思います。学校教育現場では,こんなにコストをかけた研究はできないと思いますが、今回の研究を通して身に付けたレンズで,出来事や経験を眺めることができるようになると、授業はずいぶんと変わってくるのではないでしょうか。3人のみなさん,それぞれの職場でがんばってください!

3つの修士論文から:質的研究の楽しさと苦しさ」への2件のフィードバック

  1. 甲斐 順

    吉田先生

    ご無沙汰しております。修了生の甲斐です。ゼミ生3人の修士論文の概要と解説ありがとうございます。質的研究もどんどん幅広く、深くなっている印象を受けました。ゼミでの学びを、どう現場に生かされるか楽しみですね。
    ありがとうございました。

     甲斐 順

    返信
  2. ピンバック: 研究指導について知りたい学生さんへ(2016年度・修士課程編) | tyoshida's office

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